大判例

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青森地方裁判所 昭和25年(行モ)5号 決定

被申立人が昭和二五年八月九日した訴願裁決(青森県東津軽郡浜館村農地委員会が自作農創設特別措置法に基き(イ)昭和二五年五月三〇日申立人所有の青森県東津軽郡浜館村大字沢山字平野一三〇番の一山林九町四反五畝二〇歩(但し薬師神社境内西隣開拓畑二反歩を除く)同所一〇四番原野一〇歩についてした買収計画決定、(ロ)同年七月六日原告の申立に係る異議についてした決定を各是認し申立人の訴願を棄却する旨の裁決)の執行を本案判決が確定する迄の間停止する。

二、理  由

本件申立の要旨は、青森県東津軽郡浜館村農地委員会が自作農創設特別措置法に基き(イ)昭和二五年五月三〇日申立人所有の主文記載の山林及び原野につき違法不当な買収計画を樹て(ロ)同年七月六日申立人の異議申立を排斥する旨決定したから申立人は同年七月一二日被申立人に訴願を提起したところ同年八月一三日これ又これを棄却する旨の裁決を受けた。そこで申立人は同月二九日当裁判所に右裁決取消請求訴訟を提起し、目下該事件は当裁判所に繋属中である。ところで現在右山林原野の一部には松杉雑木等が密生して附近人家、田畑の防風林乃至潅漑用水源を形成し又一部には数多の伐根から成育し数年後には利用可能の若木が繁茂し、又残部は申立人において国土緑化の国策に副うためこれを植林しようとして目下折角その準備中である。然るに附近住民の一部は当局の指示に基くものにや近時融雪と同時に擅に右地域に立入り樹木を濫伐し伐根を堀り取り持帰る等申立人の財産権を不法に侵害蹂躙し防風林、水源涵養林を尽滅し申立人の計画を水泡に帰せしめつつあり、申立人において今本案判決の確定を俟つにおいては通常の手段では到底補償至難回復不能の損害を取ることは極めて明白で今直ちにこれを差止める逼迫した事情が存するから本件訴願裁決の執行を停止する旨の決定を求めるため本申立に及ぶというにある。被申立人は書面を以て本件申立を棄却するとの決定を求め答弁として申立人主張のような買収計画決定、異議申立決定、訴願の提起、裁決及び訴訟の提起があつたことはこれを認めるけれども爾余の事実を全部否認する。凡そ行政事件訴訟特例法第一〇条により裁判所が行政処分の執行を停止するには、申立人において(イ)「償うことのできない損害」を避けるため(ロ)「緊急の必要がある」場合でなければならないところ(一)申立人が他日勝訴の本案確定判決により享受することができる利益は裕に金銭を以て補償することができるものであり、かように金銭を以て補償することのできる権益は(イ)にいわゆる「償うことのできない損害」と做すを得ない。又(二)本件買収計画決定の目的物は山林及び原野の各台地だけで立木はこれに包含されていないから立木については自作農創設特別措置法第三三条同法施行規則第一九条により政府において収去命令を発しない限り申立人において立木を伐採される心配が全然存しないところ、本件においてはまだかような命令が発せられていない。そればかりでない一般に本件のような未墾地買収乃至売渡手続は特に迅速果敢に押し進めなければ農地改革の実を挙げることは到底不可能であり、従つて今本件裁決処分の執行を停止すれば公共の福祉に重大な影響を及ぼすことは必定である。よつて本件申立は違法であると述べた。

よつて按ずるに申立人主張のような買収計画決定、異議申立決定、訴願の提起、裁決及び訴訟の提起があつたことは当事者間に争がなく、本件本案記録を通覧すれば現在本件山林原野の一部には松杉雑木が点生し、附近人家及び田畑の防風林的役割を演じつつあること、又その一部には数多の伐根から芽生え成育しつつある若木が密集しこれらの幼齢樹は今後歳月を経るに従い愈々成長し建築その他の用材又は薪炭材として役立つに至る見込があること、又その一部は申立人において国土緑化の国策に副いこれを植林しようとして目下折角その準備中であること及び本件係争林野は概して平坦肥沃、人家に近接しているため法規に不案内、事理を弁えない一部住民が本件農地改革手続が既に完結したものと誤解し、濫りに右林野に立入り人家に近い部分に点在する立木を伐採し、伐根を堀取る等申立人の財産権を侵害し、その造林計画を蹂躙し、防風林を絶滅する危険があるからこれらの徒輩に叙上のような振舞をすることができる時期が未だ到来していないことを司法機関において明確に公示する必要があることを各推認するに足り右推測を左右することができる資料は更に存しない。そして以上のような場合は応に行政事件訴訟特例法第一〇条第二項にいわゆる「処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある場合」に該当することは勿論である。

被申立人は法律にいわゆる「償うことのできない損害」とは金銭を以て補償することのできない損害の意だと抗争するけれども、凡そ財産権の内金銭で補償することができないものは絶えて存しないから今所論のような理窟を正しいとすれば法律が折角一定の条件の下に行政処分の執行を停止することができる旨定めた規定が適用される事案は一も存せず折角違法な行政処分の執行により齎される厄禍を未然に防止するため設けられた斯法の精神に背戻するに至るであろう。そこでここにいわゆる「金銭を以て補償することのできない損害」とは「社会常識上一般に通常人の通常の手段によつては到底回復至難の打撃」あるいは又「その回復は物理上必ずしも困難ではないが経済上、異常の犠牲を払わなければ回復又は補償することができない損害」を意味するものと観ずるを相当とする。そして本件禍害が叙上の意味における「損害」に該当することは勿論であるから被申立人の意見は採用に値しない。

次に被申立人は「本件立木についてはまだ政府の収去命令が発せられていないから緊急の必要がある場合に該らない」と抗弁し所論収去命令がまだ発せられていないことは本案訴訟記録に徴し明瞭であるけれども政府が本件山林及び原野の売渡手続を完了するまでの間随時これを一定の資格を有する者に使用させることができることは自作農創設特別措置法第四一条の二により明白であるから政府は所論の収去命令を発する以前でもこの使用許可措置を講ずることにより裕に申立人に相当甚大な脅威を加えることができるわけであるばかりではなく、本件係争林野は人家に近接しているため法規を解せず事態に不案内な一部住民が司法機関により本件裁決の執行を停止する措置を直截明確に講じない限り本件買収計画決定の効力を誤解し濫りに右林野に立入り人家に近い部分に散在する立木を伐採し伐根を掘り取る等申立人の財産権を侵害し、その造林計画を水泡に帰せしめ防風林を滅尽する危険が多分に存することは前段推認の通りであるから所論のような立木収去命令が未だ発せられていないという一事は採つて以て本件裁決の執行を停止する緊急の必要がないことを証左とするに足りない。若しそれ被申立人の公共の福祉阻害の抗弁の如きに至つては一般に自作農創設制度の運営については絶対に行政事件訴訟特例法第一〇条所定の行政処分執行停止決定規定の適用がないことを前提とするもの、固より独断で採るに足りない。

そこで以上諸般の事情に稽え今早急に本件訴願の裁決の執行を停止しなければ申立人はその各般の執行により通常の方法では到底補償至難回復不能の損害を被る虞れがあるものと認め本件申立を認定して主文の通り決定する。(尤も本決定中平坦肥沃で立木が存在しない原野を目的とする部分は他日なお調査の上随時取消すことがあるであろう)

(裁判官 中川毅 小友末知 野原文吉)

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